講演会レポート

講演会レポート

ものづくりの魅力や夢、やりがいを伝えるために、佐賀県は「もの恋プロジェクト」を展開しています。その一環として、日本を代表する"ものづくり職人"を県内の各工業系高校に招き、講演会を実施中です。10月31日は、小惑星探査機「はやぶさ」の開発メンバーである小笠原雅弘さんが鳥栖工業高校を訪問。科学技術立国・日本で進む宇宙開発について、夢あふれるお話を聞かせていただきました。 取材年月:2017年10月

演題
宇宙に挑む日々

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手作業で製造

宇宙に挑む日々 小笠原さん講演 約170年前、佐賀藩は日本で初めて鉄製の大砲づくりに成功したそうですね。何十回と失敗しても諦めなかったから、佐賀藩は後世に語り継がれる偉業を成し得たのでしょう。私が携わる宇宙開発も、無数の失敗とそれにめげない挑戦の上に築かれたものです。
小惑星探査機「はやぶさ」は2003年に打ち上げられ、3億キロも遠く離れた小惑星イトカワに到着。表面物質(サンプル)を採取し、地球に持ち帰ることに世界で初めて成功しました。サンプルは太陽系の起源を知る重要な手がかりになります。打ち上げから7年、エンジン停止など度重なるトラブルを克服し、奇跡の帰還を果たしたことも注目を集めました。
こうした人工衛星や探査機の製造は、意外にも手作業で仕上げる部分も多いのです。微細配線にもハンダゴテを使い、工業用のミシンで断熱材を縫い上げます。組み立てでは技能者がトルクレンチでねじを1本ずつ確実に締めます。重要な部分の作業ではベテランの技能にかなうものはないからです。さらに宇宙空間と同じ環境で試験を繰り返し、軌道の計算を入念に行った上で、ようやく打ち上げとなります。

次の世代へ託す

宇宙に挑む日々 小笠原さん講演 はやぶさの後継機として、2010年に金星探査機「あかつき」、2014年に「はやぶさ2」を打ち上げました。さらに今後も、水星や火星を探査する計画が控えていますから、次は若い世代に託したいと思います。もしかすると皆さんの中にも、人工衛星に携わる人がいるかもしれませんね。
1960年代に米国の宇宙開発を支えたキャサリン・ジョンソン(映画「ドリーム」の主人公)を描いた小説には「最初の一歩を踏み出したら、不可能なことは何ひとつない」と書かれています。また、日本のロケット開発の父である糸川英夫博士は「失敗は失敗ではなく、次への成果だ」と言いました。
佐賀藩の大砲も、人工衛星も、一番大変なのは最初の1回です。2回目からは最初の失敗をもとに改良していけばいい。皆さんも失敗を恐れず、勇気をもって最初の一歩を踏み出せば、いつかきっと成功にたどり着くでしょう。

生徒たちの感想

  • 生徒01 (土木科3年)
    生徒01 人のものづくりの技術が、宇宙開発にも生かされると知って感激した。卒業後は県内の建設会社に就職する。日本は自然災害が多いので、人命や暮らしを守る建造物をつくりたい。
  • 生徒02 (電子機械3年)
    生徒02 宇宙への情熱が伝わってくる貴重な話が聞けた。卒業後は進学し、情報工学の勉強をする。人工知能の技術を生産管理システムに導入して労働者の負担を減らし、社会に貢献したい。
  • 生徒03 (機械科3年)
    生徒03 ハイテクな人工衛星も、私たちが授業で使っている工具で手づくりされると知って驚いた。卒業後は自動車メーカーに就職する。将来、人に夢を与えられる車を設計してみたい。
  • 生徒04 (電気科3年)
    生徒04 人工衛星の打ち上げのために、多くの人の努力があると分かった。僕も就職先の自動車メーカーで一つひとつの作業にこだわりをもって働きたい。安全安心の車を提供するのが目標。
  • 生徒05 (建築科3年)
    生徒05 チームワークの大切さと失敗を恐れぬ姿勢を学んだ。卒業後は大学に進み、インテリアデザイナーを目指す。自分の仕事に誇りをもち、お客様と一緒に理想の住居を作り上げたい。
プロフィール
小笠原 雅弘
NEC航空宇宙システム 小笠原 雅弘(おがさわら・まさひろ) 1982年NEC航空宇宙システムに入社。1985年に初めてハレーすい星へ旅した探査機「さきがけ」をはじめ、スイングバイ技術を修得した「ひてん」、月のハイビジョン映像を地球に送り届けた「かぐや」など、エンジニアとして日本の太陽系探査衛星に長年携わる。小惑星からのサンプルリターンに成功した世界初の探査機「はやぶさ」の開発メンバーの一人でもある。
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